2012年5月29日火曜日

オランダより愛をこめて 2


オランダより愛をこめて②
風車の国からこんにちは㊦

福井新聞2010年9月26日掲載

オランダは既に秋深し。コートを羽織る季節となってきました。もうすぐ一面、金色の落ち葉が敷き詰められ靴の下でサクサク、散歩が楽しい季節です。

さて、前回お話しました、1600年にオランダから豊後(現在の大分県)に漂着した「デ・リーフデ(愛)号」。5隻出港した中で、たった1隻たどり着いたのが「愛」なんですから、その後の運命を約束しているかのようなものです。

オランダは、鎖国時代に長崎の出島で交易を許可された唯一のヨーロッパの国。江戸時代から200年以上にわたり、日本に通商だけでなく医学、工学技術など広い分野の知識を伝えてくれました。そのころの日本では、オランダ語も盛んに勉強され、逆に日本の文物もオランダから世界に紹介されたそうです。葛飾北斎が西洋画に、ゴッホが浮世絵に影響を受けたのも、すべて「愛」という名の船から始まったというわけです。

オランダからの学問は「蘭学」と呼ばれ、小浜出身の杉田玄白や、福沢諭吉も必死に蘭学に励みました。そしてオランダでも、国内最古の歴史を誇るライデン大学で、江戸時代から日本学が存在したのです。

福井にもオランダ人の足跡が見られます。明治三大築港の一つ「三国港突堤」は、明治初期にオランダ人技師エッセルが設計したものです。国土の4分の1が海面下で、水との闘いを強いられたオランダでは水工学が発展し、日本にも技師が送られました。私も子どものころから何度も見ていた三国の突堤。オランダつながりだったんですね。

そんな長年のお付き合いを証明するかのように、実は日本語の中には「いかにも日本語ですよ」みたいにすましているオランダからの外来語がいっぱいあるんですよ。それは、またの機会に紹介しますね。

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